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エピソード記憶とは。認知心理学の世界をのぞいてみよう

更新日:2024年4月20日 公開日:2024年2月6日

エピソード記憶とは?

 エピソード記憶とは「過去に自分が経験した出来事の記憶」です。

 一言でいうと「思い出」となります。

エピソード記憶の例

 エピソード記憶の例としては、

  • 子どもの頃、ショッピングセンターでお母さんから離れて迷子になった
  • 受験当日、試験会場で筆記用具を忘れたことに気づいて、近くの受験生に貸してもらった

 などが挙げられます。

エピソード記憶は「長期記憶」の一種

 エピソード記憶とは、比較的長く記憶される「長期記憶」の一種です。

 長期記憶のうち、言語化が可能な「宣言的記憶」に分類されます。

エピソード記憶の特徴

 エピソード記憶の特徴を、3つご紹介します。

文脈情報と主観的感覚がある

 エピソード記憶は「いつ、どこで」それを体験したかという文脈情報を持ち、「思い出す」という主観的な感覚を伴います。

 これは、同じ宣言的記憶のうち、「りんごは赤い」というような文脈情報を伴わない意味記憶とは異なります。

 出典:道又 爾, 北﨑 充晃, 大久保 街亜, 今井 久登, 山川 恵子, 黒沢 学 (著), 2011年12月, 有斐閣アルマ,『認知心理学――知のアーキテクチャを探る〔新版〕

書き換えられる

 エピソード記憶は、ときに再構成されることもあります。

 過去の出来事に対する評価は、その後の経験や時間の経過とともに変化します。

 たとえば、受験に失敗してまもない頃は、そのエピソード記憶は、悔しい、辛いという感情とともに思い出される一方、歳を重ねた後では、慰めてくれた友人がいたというポジティブな側面に注目するようになるかもしれません。

 とくに、高齢者は、若年者と比べて良い出来事を思い出す傾向にあり、客観的にネガティブだと考えられる思い出でも、ポジティブな出来事として思い出しやすいことが知られています。

 これを、ポジティビティ・バイアスといいます。

「自分」を作り出す

 自己に関連したエピソード記憶は、自分の人生の展望や個人的な意味づけを含んでいます。

 たとえば、失敗した経験ばかりをエピソード記憶として保持していると、人生の展望についても悲観的になってしまいます。

 エピソード記憶について思い出すことは、自分はどのような人間なのか、というアイデンティティに関連するのです。

エピソード記憶と偽りの記憶

 これまで見てきたように、エピソード記憶は主観的で、書き換えられるものです。

 その人にとっては主観的事実であっても、客観的な真実とは異なる場合があります。

偽りの記憶

 実際には全く経験していない事柄を、あたかも経験したかのように思い出すことを、偽りの記憶といいます。

 これは、エピソード記憶によって形成された主観的事実と、客観的な真実との間にズレが生じている状態です。

 参考:道又 爾, 北﨑 充晃, 大久保 街亜, 今井 久登, 山川 恵子, 黒沢 学 (著), 2011年12月, 有斐閣アルマ,『認知心理学――知のアーキテクチャを探る〔新版〕

偽りの記憶の例

 発達心理学者のピアジェも、偽りの記憶を経験しました。

 彼は「外出先で誘拐犯に襲われたが、乳母が怪我を負いながらも必死で守ってくれた」という2歳のときの経験に関して、鮮明な記憶を持っていました。

 ところが、彼が成長した後に「それは作り話であり褒美としてもらった時計を返したい」という謝罪の手紙が乳母から届きました。

 偽りの記憶とは、それを熟知している心理学者でも起こりうる一般的な現象です。

 交通事故などの目撃者証言に食い違いが多く発生する背景には、こうした記憶の特性が隠れています。

 出典:道又 爾, 北﨑 充晃, 大久保 街亜, 今井 久登, 山川 恵子, 黒沢 学 (著), 2011年12月, 有斐閣アルマ,『認知心理学――知のアーキテクチャを探る〔新版〕

偽りの記憶の原因

 偽りの記憶には2つの原因があると考えられています。

ソース・モニタリングの失敗

 1つ目は、ソース・モニタリングの失敗です。

 これは、外部から与えられた情報を、実際に自らが経験した事柄だと誤認することです。

 ピアジェの例であれば、乳母や周囲の人から繰り返し「誘拐犯に襲われた際に、乳母が守ってくれた」というエピソードを聞かされるうちに、実際の経験と混同をしたのだと考えられます。

イメージの影響

 2つ目は、イメージの影響です。

 イメージとは、それが思い出であれ、空想であれ、心の中で見たり、聞いたり、感じたりして体験することのできる、具体的な心の像です。

 イメージ力が優れた人にとって、イメージは、あたかも実際の経験であるかのようなリアリティを持つことが知られています。

 出典:道又 爾, 北﨑 充晃, 大久保 街亜, 今井 久登, 山川 恵子, 黒沢 学 (著), 2011年12月, 有斐閣アルマ,『認知心理学――知のアーキテクチャを探る〔新版〕

『教養としての認知科学』

 記憶についてご関心のある方は、『教養としての認知科学』をどうぞご一読ください。

 著者の鈴木宏昭氏は、認知科学の第一人者です。

 生前は、東京大学の前期課程で「情報認知科学」を担当されており、大教室いっぱいに生徒が詰めかけるほどの人気でした。

 初学者にもわかりやすい平易な言葉で、認知科学の世界を案内してくれる一冊です。

 人間はどのように世界を認識しているか? 「情報」という共通言語のもとに研究を進める認知科学が明らかにしてきた、知性の意外なまでの脆さ・儚さと、それを補って余りある環境との相互作用を、記憶・思考を中心に身近なテーマからわかりやすく紹介(東京大学出版会HP_内容紹介より)

 参考:鈴木宏昭, 2016年1月, 東京大学出版会,『教養としての認知科学

 参考:日本認知科学会 追悼 鈴木宏昭氏

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