代表インタビュー 1996

速読で、情報処理機能を改善するための基礎的能力を身につける

月刊シリエズ第32号1996年2月号掲載

 クリエイト速読スクールを主宰する松田真澄氏は、速読は単に速さを追求する技術ではないと指摘する。情報をすばやく受けとめ、正確に判断する力がこの訓練によって身につくという。速読の本来の目的や意義、さらに能力開発のあり方などについて語っていただいた。

速読は情報処理能力を改善する基礎訓練

編集部

 著書『知的速読の技術』が評判ですが、まず簡単に日本の速読と、そしてクリエイト速読スクールの歴史についてお聞かせください。

松田

 ここに一冊の本があります。『驚異の右脳速読術-100頁が3分で読める-』という本です。1984年4月10日プレジデント社より刊行されています。著者名は日本速読術研究センター。名古屋に本部があり、巻末に「キム式速読法の普及機関」として、東京及び近郊の速読教室が紹介されています。現在ある日本の速読は、韓国で開発されたキム式(キム式ではなくパク式と言う人たちもいます)速読法の普及として始まりました。1984年、キム式に対抗できないか、もっと穏当な表現をもって読む力を向上させる学校ができないか、と前身である全脳速読ゼミナールが創立されました。当時、私は全脳のスタッフでした。私をはじめ皆文学指向が強く、読むというのはそれほどたやすいものではないぞ、という思いがありました。どこもがマスコミなどで喧伝するなか、「今はまだゴングが鳴ったばかり。デコレーションに力を注ぐよりも訓練システムを充実させよう。評価は後から追いかけてくる」を合言葉に仕事をしていました。

編集部

 なぜ速読は一般に認められなかったのでしょうか。

松田

 「誰でもすぐに1分間に2万字、3万字読めるようになる」といった極端なキャッチコピーの本やスクールが花盛りでした。これらは現在でもあちこちで見かけますが、一部の驚異的な速読能力者ばかりがクローズアップされたことにより、"速読は特殊な能力"もしくは"2度読み3度読みのトリック"というイメージが一般の人々に根づいてしまったのです。つまり出立の時点で決定的なミステイクを犯しているのです。この訓練をすれば、たちまち超人になれる式の安易なビジネスを展開できると。もっと言うと無邪気な人を相手にしている志の低さが良識ある人たちに見抜かれてしまっているのです。本嫌いな人を本好きに。活字に抵抗はないのだが、もっと文書等を処理しなければならない人には、そのもう少しの応援ができるプログラムを。そうした当たり前のことを通そうとすることが実はとても重要なのではないでしょうか。

編集部

 では松田さんのお考えになる本来の速読とはどのようなものなのでしょう。

松田

 速読は単に速度のみを追求する技術ではありません。本を読む力を一般的に読解力と言いますが、速読とは、読解力以前にある文字や語を見て認知する能力を向上させる訓練なのです。そのためには、文字が読めさえすればいいわけではなく、語を心の中でイメージする力や、注意力、記憶力などの向上も必要になります。つまり、人間の情報処理能力を改善することで、読書の基本的な能力を身につけることが速読訓練なのです。私たちはこうした観点から『BTRメソッド』という訓練法を開発しました。

編集部

 誰でも持てる力なのですね。

松田

 はい。「本をもっと集中して読みたい」「仕事の資料をすばやく処理したい」といった悩みを持った人たちにとって、ごまかしの数字である100倍のスピードなど達成できなくても、3倍、5倍の速読力がつくことは十分魅力的なはずです。「速くならなかったらどうしよう」という不安をまず解消するために、『3倍速保証制度』を具体的に確立しています。

編集部

 本を速く読める人と読めない人の違いは、どういう理由によるのでしょうか。

松田

 速く読める人たちと遅い人たちとでは、それぞれにある共通点があります。たとえば遅い人は、視野が狭く、読書に対して集中できない。じっとしていることができない。まず重要なことは、読む内容を上手にイメージできるか、ということです。文字を、より具体的なイメージとして頭のなかに映像化していくことが大切です。ところがこれがなかなか難しい。速く読める人は想像力豊かです。教室ではイメージトレーニングを重要視していますが、こうしたことは現代の学校教育が取り残してしまった部分なのかもしれません。

速読で差をつけるのはライバルではなく自分自身

編集部

 スクールではこれまで何人くらいの方が受講されたのでしょうか。

松田

 5,000名弱でしょうか。3年前まで日本能率協会マネジメントセンターと提携して、ビジネスマンやOLのための通信教育も開講していました。それを含めると1万人に近づくでしょう。現在の生徒数は約700名です。9年ほど続けている方もいますよ。長く続けている方が多い。それが私のちょっとした自慢です。だらだら続けているとも言えますが(笑)。大切なのは自分のなかに知的好奇心を育てていくことなのではないでしょうか。そして、その気持ちを持続させていくことです。

編集部

 スクールの生徒さんは何を目的に入学されるのでしょうか。

松田

 いくつかのタイプに分かれますが、まず、本を読むことが好きでもっと本を読めるようになりたいという人。次に、資格試験や入学試験の準備として通っている人。集中力が異様につきますからね。そして、意外に多いのが仕事の能率を上げたいと考えているビジネスマンやOLの方たちです。山のように積まれた書類を短時間で処理したり、長時間のデスクワークを効率的にこなせるようになりたいと、仕事が終わった後に皆さん通われています。そして、最近増加傾向にあるのは、本を読むのが辛い、苦しいという方たちです。読むことが苦手の人たちに手をさしのべる場所がほとんどない。こわい時代ですよね。

編集部

 同じような教室がたくさんあるようですし、生徒さんを集めていく上でのご苦労もあるかと思いますが。

松田

 私の場合は、今お話したように考え方は一貫していますから、戦術としては生徒さんが気持ちよく通い続けることだけを考えています。昨年夏(1995年)には、毎年東大合格者を400人ほど輩出している理数系を専門とする塾、SEG(東京都新宿区)と提携することになりました。塾で数学を教えている先生方が私たちの教室で速読を勉強して、雰囲気や考え方が似ているからと講座開設の依頼がありました。訓練を受けた人たちがネットワークを広げていってくれる、夢のようなことが起きています。クチコミの凄さというより、怖さを実感しています。

編集部

 教室で速読を学ぶのは、本では得られない利点も多いのでしょうか。

松田

 人間関係で人は大きく変わります。教室で学ぶことの利点は、できる人のまねができることだと思います。まねるということは自分の能力を伸ばす上で非常に大事なことです。もちろん人間は1人でもトレーニングすることはできますが、プログラムを組んで組織的に鍛錬した方が効果は上がります。また、人が人を引き上げていく相乗効果もあります。速読を他人に差をつけるための手投と考えるのは貧しい発想です。意識するかしないかの差はありますが、自分の力にはがゆい思いをしている人はたくさんいるのではないでしょうか。今の自分に対して差をつけていく。そのために、お互いさまのスピリットで歩を進めていくのです。教室の意味は、トレーニングとしては孤独感があるかもしれませんが孤立はしていないということでしょうか。

現代人に求められる小説を読みこむ力

編集部

 教室には企業の代表者も来られますか。

松田

 中小企業の代表者の方が何人かいらっしゃいます。頭がかたくなってはいけない、という自覚がある分、皆さんとても一所懸命ですね。「経営者」という意味では対等ですから、相談にのったり、のっていただいたりという行き交いが当然生まれます。

編集部

 現代人は話言葉が貧しく、自分の主張を明確に伝えられない人が多いと言われていますが、これは活字離れと関連しているのでしょうか。

松田

 人と語り合うことができない人が多くなってきているのかもしれませんね。私の教室ではキム式の人たちのように絵本から始めるのではなく、最初に実用書で訓練し、後半になると大人には大人の、子供にはその年齢にふさわしい小説で訓練します。ビジネスマンに共通することは小説を読むことが苦手だということです。新聞や専門雑誌は読めても、小説や文芸批評といった世界のおもしろさ、深さを知らなくとも済んでしまうと勘違いし、または切り捨ててしまっているようです。私はそれを自戒を込めて"オジサンオバサン化現象"と呼んでいます。トップクラスの経営者の随筆などを読みますと、ずいぶん幅広いジャンルの本を読んでいることが分かります。実用書、新聞、専門雑誌など目の前の情報言語でお茶を濁すのではなく、水準の高い小説を読む力をつけていかないと本来的な意味での交流がかなわなくなるのではないでしょうか。

編集部

 将来、教室を全国に広げていく予定はありますか。

松田

 本を読む力には想像以上の個人差があります。まったく本が手につかない方から、かなり速く深く読める方まで相手にしていかなくてはいけませんから、簡単に広げていくことはできないでしょうね。

編集部

 最後に、今後の目標をお聞かせください。

松田

 今、速読教室とは別に『文章演習講座』という講座を開いています。今は速読が全体の9割、残り1割がこの文章演習講座なのですが、この割合をゆくゆくは半々にしていきたいと考えています。「読む」ことも大切ですが、自分のむねやおなかのなかに溜った諸々を、豊かに感じて正確に伝えていくことはもっと大切です。 もう一点は、企業の経営者の方々にもっと速読に関心を持っていただき、社員研修として取り入れていただけたらと思います。時代は、模倣的な競争から創造的競争へと、大きく転換し始めているのですから。

編集部

 長い時間ありがとうございました。

松田真澄

松田真澄クリエイト速読スクール代表。
読む技術と書く技術を身につけよう!をスローガンに読み方、書き方の具体的な指導法を確立、実践している。 特にSEG(新宿区西新宿)においての「速読による能力訓練」では、 中高生より圧倒的な支持を得ている。1953年生まれ。山形県出身。