体験記

クリエイト速読スクール体験記 '01

堂園昌彦作品集

(くだん)

堂園 昌彦

 最近、奇妙な動物を知った。件という名前の動物で、体が牛で顔だけが人間という変なやつだ。人面牛である。しかし、件はただの人面牛ではない。三日しか生きることが出来ない。しかもその三日以内に人間の言葉で未来を予言する。こんなやつにはお目にかかったことがない。
 こいつは内田百閒の『件』という短編小説を読んで知った。ある日突然件になってしまった男の話だ。この小説はなかなか面白かった。しかし、これを読んだだけでは件のことはそれほど気にならなかったであろう。私が件を気にかけ始めたのは次のことがあったからである。
 ある日、私は書店に行った。ぶらぶらと本を見ているとある雑誌に目が止まった。なんとその表紙にはあの件の絵が描いてあったのである。驚いた。それは一種のパロディー漫画で、コミカルな絵の件が描かれている。しかし、件が何なのかの説明は一言も書いていない。まるで知っているのが当然のごとく。そういえばパロディーや風刺の漫画はいちいち元になっているネタを説明しない。説明すると面白くないし、みんな知っていることでもあるからだ。そこで私は恐ろしい考えに至った。件は有名な動物なのだろうか。説明する必要のないほど。
 しかし、私は件を見たことがない。それほど有名なら見たことがあるに違いない。いや、まてよ、見たことのある人は少ないがやたらと有名な動物がいたではないか。ツチノコだ。ツチノコは絶対にいない、とは言えない。件もいないとは言えないのではないか。うーむ。
 私はその日から件が気になって気になって仕方がなくなった。頭の中は件でいっぱいだ。歩く件、眠る件、食べる件、笑う件。眠ろうとしても、件が一匹、件が二匹、件が三匹……。件、件、件。件は、件は、本当はどこかにいるのだろうか。
 私は件が動物園に入っているところを想像した。檻の中でうなだれる件。その顔が寂しそうに歪む。いや、三日しか生きられないのだから動物園には入れないだろう。採算が取れない。じゃあ、インドの牛のように神聖視されているのかもしれない。「注意! 件の飛び出し有り」なんていう看板が地方にはあるかもしれない。土地の老人が「最近は件を見かけなくなった。環境破壊のせいだ」なんて。もしかすると、もうどこかの家では飼われているかも。少年と戯れる件。しかし、件は三日しか生きることが出来ない。死の間際に少年の未来を告げる件。件の死骸を前に泣きくれる少年に母親が一言。「人はこうして大人になっていくのよ」私の前にも現れるのかもしれない。近所の森に件が住み着いて、ある日森のそばを通りかかった私と出会う。どこかで見たような顔だ。よく見るとそれは私の顔をしている。「おまえの未来は……」そして三日後に件の死骸が森に……。
 私は全身が総毛だった。いやだ。そんな光景は見たくない。私は未来なんか知りたくはない。考えるのもおぞましい。やはり件は存在してはならない。私は強くそう思った。
 もしあなたがどこかで件を見かけても、私には絶対に教えないでほしい。

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