2007-05-28
なおしのお薦め本(22)老い方、六輔の。 b
「ぼくは高校生のとき、宮本先生の『海の道』『山の道』という民俗学の本を読んで、とても印象に残ったのです。『この本を書いた人は、とってもいい人なんだな』って思った。
その先生に、初めてお会いしたのは大学生のときです。ぼくが、佐渡島を旅しているときに、たまたま調査に来ていた宮本先生に出会ったんです」
「最初に宮本先生とお会いしたときのことは、いまでもはっきりと覚えています。佐渡島で偶然先生にお会いしたその日、ぼくは、宮本先生のあとをついて回っていました。てくてく、二人でずっと歩きとおしたのです。やがて、日が暮れたとき、ぼくたちは、とても寂しい漁村にいました。
すると宮本先生が、『永くん、今日は、このあたりで泊まろうか』と言うのです。ぼくは、近くに宿でもあるのかと思って見回したんですが、宮本先生は、てくてくとふつうの民家を訪ねていくんです。そして、『今晩、泊めていただけませんか?』って……。
驚きましたね。もちろん、そう言われたお宅も、びっくりしてるんですが、宮本先生があまりに自然な調子なので、『じゃあ、お泊まりいただきましょう』ということになって。結局その晩は、ぼくも宮本先生と一緒に、知らない方のお宅に泊めてもらいました」
「先生は、見るからに『この人は本当にいい人だな』という『風』を持っている人です」
「相手に影響も刺激も与えずに、静かに通り過ぎていくだけという旅。足音も立てず、風のように、その町、その村を通り過ぎることができたら、最高ですよね。宮本先生の旅は、まさにそういう旅でした。宮本先生の姿を見ていて、ぼくもいつかはそんな旅をしたいと思っていました」
永さんは、テレビの仕事を始める前に、宮本先生に相談したそうです。また引用します。
「すると、先生がこうおっしゃいました。
『放送は日本中、世界中に、電波が飛んでいく。もし、あなたが民俗学をやめて放送の世界へ行くのなら、電波が飛んでいっているその現場に、自分の足で行ってほしい。電波が届いているその場所で考えて、そこでしゃべって、その言葉をスタジオに持って帰りなさい。絶対に、スタジオでものを考えるようなことはしてはいけない。それができるなら、放送の世界に行くことをあなたに勧めます』と。
この言葉は、旅というものを考えるとき、いつも根っこのところにあります。ぼくにいまも大きな影響力を与えている言葉です」
永さんは、テレビ番組「遠くへ行きたい」について、このように語っています。
「最初は、出演もぼく一人でやっていて、まさに、宮本先生の旅を実践しようと思っていたわけです。風になろうと決めて、行く先も決めない。駅に降りたら、そこで行く先を決める。そんな旅をしていたわけですよ。
毎週、旅に出て、四日間ぐらい旅をして、編集されたフィルムを見て、それにナレーションを入れるという仕事でした。たまに、旅が五日になったり、編集が二日になったりしましたが、要するに、一週間まるまるその仕事をするんです。さすがに大変でした」
「旅の番組というと、何かを食べたり、お風呂に入ったり、部屋で職人が何か仕事をするのを見て『おお!』なんて驚いたりするでしょう。それが嫌で、ぼくは、あの番組の冒頭で、そういうことは一切しないと宣言したんです」
「それは、ぼくがいままでやってきた旅そのものでした。人から人、人から人へつながっていく。だから、この先で何が起こるか、全然わからない。わからないままに、人がつながっていく。これが、まさしくぼくの旅です。宮本先生から教えられた旅なのです」
宮本常一さんの『海の道』と『山の道』という本、読みたくなってきました。
なおし
