まあ、縁だからな | 教室ブログ by クリエイト速読スクール

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2007-12-16

日々の感想

まあ、縁だからな

 11月24日に将棋棋士、真部一男八段(追贈九段)がなくなりました。

 氏のほうが、学年的に2学年上の同世代でした。

 10代、20代と、たまにメディアに登場する真部さん颯爽とした姿には、いつも眩しさを感じさせるものがありました。

 亡くなる数日前に、再来年の2009年3月31日まで休場という発表が、日本将棋連盟からされていました。再来年とはずいぶん長いな、と告知を見ながら思いました。
 

 以下は、真部さんの弟子のプロ棋士・小林宏六段が週刊将棋12月12日号に寄稿したものです。全文を掲載します。

 執筆者、あるいは発行元から異議申し立てがありましたら、下記のタイトル以下は削除します。やはり、全文からしか伝わりにくい内容かと思います(タイトル以下は、原文のママです)。   

 


                ※クリエイト速読スクールHP

 

  「まあ、縁だからな」      

                    小林 宏

 10月30日、C級2組順位戦は久しぶりに飛燕の間での対局だった。相振り飛車の出だしからから序盤戦の方針がようやく決まった11時30分過ぎ、一息入れに大広間をのぞいてみる。

 ふすまを開けるとすぐ左側が真部―豊島戦である。豊島君は席をはずしており、師匠が一人でいたので朝の挨拶をと思ったが、すぐ異変に気がついた。対局姿勢が崩れ、目は将棋盤でなくはるかかなたを見つめている。「えっ…」と絶句してしまい、ちょっと声はかけられなかった。エレベーターの前に大野さん(八一雄六段)がいたので「師匠の顔色がかなり悪いんだけど…」と話してみると、大野さんは何も語らずにうなずいた。

 翌日電話して、がんであることを教えてもらった。弟子も対局が近かったので、気をつかわせないようにとあえて連絡しなかったということらしい。数日後見舞いに行くと、ベッドに横たわったまま辛そうにされている師匠がいた。

 「俺も相変わらず粘りがないな。まあしかし、人間はいずれ死ぬわけだし、少し早いだけの話だ」

 対して自分は「そうなると僕が困る。僕の楽しみがかなり減るじゃないですか。がんといってもいろいろあると思うのであきらめないでください」と返答した。僕自身まだ末期だと確信がもてなかった、がんにかかった師匠とのはじめての会話だった。師は、困った弟子だなという表情をうかべていた。

 師匠とは10歳しか違わない。将棋界ではおそらく最も年齢差の少ない師弟関係だと思う。入門してかれこれ30年近くたつ。将棋は数百局教えてもらっているはずだし、酒席もかなり同席させていただいている。

 若いころから弟子は思っていることをついストレートに口にしてしまう性格で、過去の暴言には数限りがない。師匠がこよなく愛していたウイスキーを飲むとそれが特に顕著になる。お互いかなり泥酔し、「君は本当に俺の弟子か」とたしなめられたこともある。酔っ払って夜分に電話して、突然押しかけたこともかなりある。冷静に考えると、やはりかなりおかしな弟子であることは間違いない。それでもそんな日々が、自分にとってはとても心地のよい時間だった。

 何回目かの見舞いのとき、今しかないと思い意を決してみた。「先生、今のうちに言っておきます。弟子にしていただき、ありがとうございました。お世話になりました」。さりげなく言うつもりだったのだが、最後が涙声になってしまったのには自分でも驚いた。師匠はただひとこと「まあ、縁だからな」。天井を見つめている右目から一粒の涙が流れた。想定外の局面になり、また言わなくてもいいことを…といつものように後悔した。(こばやし・ひろし 1962年生まれ。78年に6級で真部門)

 

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