2007-01-29
もりぞう爺さんの話(上)
クリエイト速読スクール公式ブログにコメントを寄せてくれる小川なおしさん。彼は文演の第1期生です。
まだなんの実績もない講座に『おもしろいですから受けてみませんか』と誘ったとき、なおしさんは、ひとつのクエスチョンもなく「わかりました。受けてみます」と言ってくれた珍しいひとでした。
それから、半年。1994年にこの作品は誕生しました。
gooブログの文字数の関係で2回に分けますが、小説ですから、今回は当日中に後半もアップします。
もりぞう爺さんの話(上)
小川 なおし
家から小学校まで歩いて四十分。道の途中、小学校まであと十分という距離に、もりぞうの家はある。わら葺き屋根があって、背の高い木で覆われている小さな家だ。同じ敷地内の奥のほうには、新しくて大きな家がある。住んでいるのはもりぞうの家族だという話である。
もりぞうは、齢八十を超えた爺さん。いつも汚い手拭いでほっかむりして、赤銅色の皺だらけの顔に、生まれてこの方一度も着替えをしたことのないだろうと思わせる服を着ていた。ズボンはいつもズリ落ちていた。右手には鎌か鍬を持っていた。そして、腰を屈めたまま、一歩一歩踏みしめるように歩いていた。口をもぐもぐさせながら。
もりぞうはその道を通る小学生の中で知らない者はいないというほどの人気者であった。だが、人気者といっても仲良く話をするということは、一度としてなかった。
ぼくたちは、下校途中にもりぞうに会うと、何か言わずにはいられなかった。まずは、もりぞうに振り向いてもらわなければ始まらない。
「もーりぞー、けっつが見えてんどー」
(老婆心ながら、標準語に直すと、
「もりぞうさん、あなたのお尻が、私達に見えてしまっていますよ」)
と、囃し立てる。
それに対してもりぞうは、ぼくたちというより地面に話しかけるように言い放つ。
「かまでぶったぎんど」
(これまた標準語に直すと、
「そんなことを言うと、私は鎌であなた達を斬ってしまいますよ」)
もりぞうは、のっしのっしと歩きながら、ポトポトうんこをもらしていたことがある。いまだかつて、立ちうんこをしたという話でさえ聞いたことがない。だがもりぞうは、立ちうんこどころか、歩きうんこまで出来たのである。歩いているのだから、左右どちらかの蹴り足に力を入れているはずだ。それなのに、どうやって肛門の括約筋の弛緩を同時に行なっていたのか。今思うと、実に恐るべき人間なのであった。
ぼくたちは、もりぞうが素早く動けないことをいいことに、知っているかぎりの悪口を浴びせた。苛立つもりぞうを尻目に、掴まりそうで決して掴まらない距離を保ちながら大声を張りあげ、飛び跳ねているのだ。しかし残念ながら、ボキャブラリーの不足から、もりぞうに精神的なダメージは与えられなかったと思う。こんな時、ののしり言葉をたくさん知っている大人に早くなりたいと思ったものだ。
-1/29に、続く-
