2007-06-08
なおしのお薦め本(23)去年ルノアールで
『去年ルノアールで』
せきしろ著
これは「relax」という雑誌に連載されていた「今月のルノアール」をまとめたものです。一編は3頁ほどで、五年分あります。
喫茶室ルノアールに昼間おとずれる自由人の著者。大事件が起こることは、まずありません。ただ、ちょっとした心に引っかかることが起こり、それに著者は反応し、空想やら妄想をします。それをうまく処理して作品に仕上げてしまうのですから、たいしたものだと思います。
たとえば、小学生の女の子がひとりでいるとか、母親が子どもに本を読んで聞かせているとか、テーブルの上にバナナが置かれていたとか、老人の集団がゆっくり歩いているとか、そのようなことからです。作品には、オチがあるものとオチがないものがありますが、オチがなくても許せてしまいます。なぜかというと、それは舞台がルノアールだからでしょう。
では、もっともルノアールを感じさせる文章を読んでみてください。
「ルノアールにはお茶のサービスがある。注文したものを飲み終わった頃、お茶が運ばれてくるのだ。
その日運ばれてきたお茶はいつもより量が多かった。いつもはどちらかというと熱めのものが多いのだが、今日のは若干温度が抑えてあって私は少しだけ驚いた。だが、コーヒーをとっくに飲み干し喉が渇いていた私は早速湯呑みに口をつけ、飲み始める。
するとどうだろう。そのお茶は喉の渇きを癒すにはちょうど良い温度であったのだ。おかげで一気に飲むことができた。いつもの熱めのお茶ならばこうはいかなかっただろう。
その時私はあることを思い出す。もしやこれは若かりし頃の石田三成が秀吉に出したお茶と一緒ではないだろうか、と。
喉の渇いていた秀吉にまず飲みやすいぬるめのお茶を多めに出し、次に先ほどよりは熱く量が少なめのお茶を出す。そして最後に熱い少量のお茶を出し、渇きの癒えた秀吉に茶の味を愉しんでもらったというあの逸話だ。
店員はきっと私の様子を見て、敢えて温度を抑えたお茶を出したのだ。まったく客をもてなす道理にかなっている。なんと気配りのきいた店員であろうか!
秀吉はそんな三成に感心し、城に連れて帰ったわけであるが、私もその店員を自分の城(四畳半)に連れて帰りたくなった」
と、まだ続くのですが、こんな調子です。万人にオススメ、というわけにはいきません。けれども、ある種の人にとってはピンと来る話ではありませんか。
もう一つ紹介したいのが、ルノアールで寝ていた時の話です。
「それはジョン・レノンの夢だった。長髪で丸い眼鏡をかけた男は、根っからの平和好きであるようだった。そのことは夢の中で私に語りかけてきた言葉でも明らかだった。
『平和って10回言ってみて』
彼が出題する10回クイズにも〝平和〟が登場した。それくらい生まれながらの平和好きだった。『ブーブーッ! 残念でした。答えは盲腸じゃなくて平和でした』と彼が満面の笑みで答えを教えてくれたなぞなぞもあった。
などというようなことを書くと、みんなは私を夢想家だと言うかもしれない。そんなこと言われてもなんの得もなさそうなので、ほどほどにする」
これがこの本の中で一番笑った所なのですが、いかがでしょうか。面白くないと思う人がいても当然です。そこで、どこが面白いか説明しようかと思ったのですが、それも野暮なのでやめておきます。
なおし
